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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)58号 判決

愛知県小牧市小木東三丁目四一番地

原告

田村プラスチック製品株式会社

右代表者代表取締役

田村慎一

右訴訟代理人弁理士

石田喜樹

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人

仏性修

宮崎勝義

有阪正昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六〇年審判第七一七四号事件について平成二年一二月二五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

出願人 原告

出願日 昭和五六年七月一四日(意願昭五六-三一二七〇号)

意匠に係る物品 「自動車用バイザー」(別紙一)

拒絶査定 昭和六〇年三月一五日

審判請求日 昭和六〇年四月一五日(昭和六〇年審判第七一七四号事件)

審判請求不成立審決 平成二年一二月二五日

二  審決の理由の要点

1  原審において拒絶の理由として引用した意匠(以下、「引用意匠」という。)は、昭和四五年意匠登録願第一九六七〇号(昭和四五年六月一六日登録出願し、昭和四七年四月七日に拒絶査定、その後査定が確定した。)の意匠であって、願書の記載及び願書に添付した図面によれば、意匠に係る物品を「自動車用雨除器」とし、その形態を別紙二に示すとおりとしたものである。

2  本願意匠と引用意匠とを比較し両意匠を全体として考察すると、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態においても、前端が全体に緩やかな凸弧状をなす細幅の横長帯状板の庇と、この庇の後端部に庇の長手方向に沿い庇の後端縁を折り曲げ形成した取り付け片とから構成される自動車用バイザーにおいて、その前端縁の弧状部を一方側は急激に、他方側は緩やかにいずれも先細状に形成し、その急激に先細状とする部位を斜め下方に折り曲げ斜め下方に傾斜する庇部を形成し、庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けたという基本的構成態様が一致するものである。

そして、この一致するとした基本的構成態様は、両意匠のそれぞれの形態上の特徴を最もよく表わすものであるので、類否判断を左右する要部をなすものと認められる。

3  ただ、各部を仔細にみると、〈1〉本願意匠は、庇の両側端及び前端縁に細幅の飾り縁(両側端部については稍広幅のもの)を被覆したのに対し、引用意匠は被覆していないという差異、〈2〉庇の前端縁の態様において、本願意匠は、庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退させたのに対し、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に形成しているという差異、〈3〉取り付け片の態様において、本願意匠は、同取り付け片を庇の後端を斜め上方に折り曲げ形成した断面形状が弧状を呈する鉤形様であるのに対し、引用意匠は、庇の後端を下方に鋭角に折り曲げた爪様のものであるという差異、〈4〉本願意匠は、庇の後端部に三ケ所に点在し小さい取り付け金具を突設させたのに対し、引用意匠には、金具は突設させていないという差異、〈5〉本願意匠は、取り付け片の内方に長手方向に沿い細幅の部材を付設したのに対し、引用意匠は、そのような部材は付設していないという差異が認められる。

4  しかし、これらの差異は、いずれも基本的構成態様に包摂される程度の軽微な差異といえ、類否判断を左右する要素として微弱なものと認められる。

すなわち、庇の両側端及び前端縁に被覆した飾り縁の有無は、その被覆された飾り縁も前端縁部のものについては、その幅も極めて細幅のものであり、また、両意匠とも庇の前端縁にいずれも細幅の凸縁状部を有するという態様においては軌を一にするものであるので、その飾り縁の有無はそれ程目立たず類否判断を左右する要素としては微弱な差異といえ、また、庇の両側端部に被覆した稍広幅の飾り縁も、その飾り縁の形状においては特段の特徴も見い出せず、かつ形態も極めて小さいものであるので、形態全体としてみると限られた部位における軽微な差異をなすものというほかない。

次に、取り付け片各部の態様における差異は、本願意匠にみられる取り付け片がこの種の自動車用バイザーにあっては普通にみられる態様のもの(たとえば、本願意匠登録出願の日前に登録された昭和五三年五月九日登録の意匠登録第三四九五七二号の類似一一号、自動車用雨よけ具に形成された取り付け片)であり、その態様においては本願意匠独自のものとすることもできないので、その差異は類否判断を左右する要素として微弱なものといわざるを得ない。

次に、庇の後縁部に突設した取り付け金具及び取り付け片内方に付設した部材の有無にも差異が認められるが、前者については、本願意匠の庇部に突設した金具が極めて小さくかつこの種の態様のバイザーにあっては庇の後縁部に取り付け金具を点在し突設するということも本願意匠に限らず広くなされていることでもあるので、その有無は然程看者の注意を惹かず、後者については、その部材の付設された部位が弧状鉤形の内方という比較的看者の目に付き難い箇所であってみればその有無もこれまた看者の注意を惹くものともいえないので、右の差異はいずれも類否判断を左右する要素として微弱なものと認められる。

また、庇の前端縁部の態様における差異については、本願意匠の庇の前端縁部における態様が自動車用バイザーの庇の態様としては普通にみられるもので、特にそこに特徴点も見い出せるものでないので、その差異は類否判断を左右する要素として微弱なものといわざるを得ない。

そして、これらの差異点を総合しても基本的構成態様における一致点を凌駕するものではない。

5  したがって、本願意匠は、引用意匠と意匠に係る物品が一致し、形態においても、その形態上の特徴を最もよく表わす要部が一致するものであるから、両意匠は互いに類似するものというほかない。

以上のとおりであるので、本願意匠は、意匠法九条一項に規定する最先の意匠登録出願人にかかる意匠に該当しないから、意匠登録を受けることができない。

三  取消事由

審決の理由の要点1は認める。同2のうち、庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けた点が基本的構成態様であること、及び、この一致するとした基本的構成態様は類否判断を左右する要部をなすことは争うが(ただし、両意匠とも庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けていること自体は争わない。)、その余は認める。同3の差異についての認定は認める(ただし、審決の右認定には、庇の水平部の態様の差異を看過した誤りがある。)。同4及び5は争う。

1  引用意匠の比較資料としての不適格性

引用意匠が別紙二に示すとおりのものであることに異論はないが、ここに表わされた六面図をみるに、「正面図」を基準にすると「平面図」「背面図」及び「左右両側面図」が一致せず、また好意的に「正面図」の向きを横長にみるとしても、「背面図」が一致せず、これらの図面から意匠を特定することはできない。別紙二の各図は、「正面図」を基準にすると、「右側面図」は「平面図」に、「左側面図」は「底面図」に、「平面図」は「左側面図」に、「底面図」は「右側面図」になり、「背面図」は同図のとおりである。

以上によれば、別紙二に示された引用意匠は、構成が不明確で対比資料としては不適格であり、かかる引用意匠との対比に基づく審決の認定判断は違法である。

なお、別紙二の「A-A'線断面図」の左右両端に下方に向かって確認できる二組の二本線は、本願意匠における庇の幅と比べると、左端のものは約三分の一の長さが、右端のものは約一〇分の一もの長さがあり、取り付け片部における肉厚幅(庇の幅の約二〇分の一)が底面図の右側端に表われていることからすると、これら二組の二本線で表わされる部材も当然六面図にも表示されていなくてはならず、単に誇張して表わされているとか、作図上不適切であるとかの問題ではない。

因みに、右二組の二本線を六面図に正しく作図すると、別紙四のようになるものと思われる。この点に関し、被告は、別紙二の「A-A'線断面図」は別紙五のように記載するのが正しい旨主張するが、別紙二の「A-A'線断面図」が別紙五のようになることもあり得るが、二組の二本線が別紙四のように六面図に表示されることもあり得るものである。

2  基本的構成態様の認定の誤り

(一) 細幅の凸縁状部について

審決の認定する「凸縁状部」とは、いかなる構成を指称するのか定かではないが、おそらく、引用意匠に関しては別紙二の「A-A'線断面図」に表われる庇の前端縁の折り返し部、本願意匠では本願意匠登録願の昭和五九年一〇月二五日付手続補正書の図面(別紙三)(以下、「本願補正書図面」という。)の「B-B線切断部拡大端面図」に表われる金属製本体の折り返し部であろうと思われる。しかし、もしそうであるとするならば、本願意匠の「凸縁状部」は、右「B-B線切断部拡大端面図」に示すように、細幅の飾り縁で被覆されており、表面には一切現れてこない部分である。したがって、右「凸縁状部」は両意匠の基本的構成態様として取り上げるべきものではない。

また仮に、本願意匠の「凸縁状部」が細幅の飾り縁で被覆されていなかったとしても、右「凸縁状部」が自動車用バイザーにおける基本的構成態様という程の重要な構成であるとは思えない。

(二) 基本的構成態様の要部性の認定について

審決の認定する基本的構成態様のうち、「凸縁状部」を基本的構成、態様に含めることについては異論があるが、それ以外の構成が基本的構成態様であり、しかもその基本的構成態様が両意匠の類否判断を左右するうえである程度参酌されるべきものである点については異論がない。しかし、これらの基本的構成態様は、まさに基本的態様であり、むしろ自動車用バイザーに関しては極当り前の構成であって、自動車用バイザーの意匠としての新規性はそれ以外の構成に求められるべきである。

してみると、右基本的構成態様が類否判断を左右する要部であるとの認定は、余りにも基本的構成態様を重視し過ぎたきらいがあり、以下の各部の差異の判断に及ぼす影響は多大であるので、失当である。

3  具体的構成態様の差異に関する認定の誤り

(一) 飾り縁の有無について

本願意匠の庇の前端縁に被覆した飾り縁は、前端縁を全幅に亙って被覆しており、しかも右「凸縁状部」を包み込む状態で前端縁の表裏両面に細幅状に表われている。したがって、金属製本体の持つ冷たさや鋭利感を和らげるとともに、黒い縁取りがアクセントとなって意匠全体をキリッと引き締めている。なお、被告は、右主張について、「実施意匠に基づく意匠の材質から受ける印象を主張しているものである」として非難するが、本願の「意匠の説明」の欄には出願当初から「本物品の本体は金属製で、その両端部及び側端縁には合成樹脂製のモールディングが装着されている。」と明示されており、実施意匠に基づく主張ではない。

一方、引用意匠の庇の前端縁にはかかる飾り縁は存在せず、右「凸縁状部」が露出し、庇部の裏面にはその折り返し先端縁による細幅状のラインが表われる。したがって、庇部の表面には何らアクセントとなるものはない。また、引用意匠の前記「A-A'線断面図」を見ると、庇部の裏面前端縁に断面形状がコ字状の部材がその開口部を下へ向けて取り付けられていることが確認でき、このコ字状部材の形状が「底面図」に細幅状のラインとして表われている(ただし、図面上は右「凸縁状部」のラインと重なっている。)。したがって、庇部の表面はのっぺりしており、逆に庇の裏面は込み入っていて一層鋭利感を増長させている。

審決は「細幅の凸縁状部を有するという態様においては軌を一にする」というが、右のとおり、本願意匠においてはその「凸縁状部」が見えないのであるから「軌を一にする」とはいえず、ましてや本願意匠における飾り縁は表裏両面及び前面からも明確に確認できるのに対し、引用意匠では辛うじて庇部裏面にコ字状部材が表われるのみであるから、両者は別異の印象を看者に与えるものである。なお、被告が周知例として引用する乙第二号証の二及び同第三号証の二に記載されているバイザーは、自動車のフロントガラスの上に取り付ける前面バイザー(フロントバイザー)であって本願意匠のサイドバイザーとは物品を異にし、しかも被覆されている箇所も自動車本体と接する側すなわち後端縁部であって、これらの証拠からサイドバイザーにおいて前端縁部に飾り縁を被覆することが周知であったとは断言できるものではない。乙第四号証からは確かに「雨除けU字形の合成樹脂製縁材」が確認できるが、これはサイドバイザーの前端縁部の一部しか被覆しておらず、更に決定的な相違は、右サイドカバーの幅からみて庇部の素材は透明な素材すなわち合成樹脂であり、本願意匠のように金属製ではないということである。また、乙第一一号証記載の自動車用バイザーの保護材3には、外側にアルミ箔等による断面U字形の外皮5が被覆されており、ゴム・塩ビ等の軟質合成樹脂部材で構成されている保護材3自体は外側からは確認できないうえ、庇体2の材質についても何ら記載されておらず、本願意匠のごとき金属製のサイドバイザーにおいて前端縁部に飾り縁を被覆することが本願意匠登録出願の日前に周知であったとは到底容認できない。

また、本願意匠における庇の両側端部に被覆した稍幅広の飾り縁に関しても、本願補正書図面の「A-A線切断部拡大端面図」及び「C-C線切断部拡大端面図」からも明らかなように、意匠全体からみれば特異でしかも人目を引く形態をしているのであり、乙第五、第六号証の存在にかかわらず、「軽微な差異」として一蹴できるものではない。かかる庇の両側端部に被覆された飾り縁は、前端縁に被覆された飾り縁と相俟って意匠全体にピリッとした緊張感を与えるアクセントとして感得され、またそれらの取り付けられる部位は外観上最も目に付く箇所であることから、これらの存在しない引用意匠とは明確に区別できるものである。

なお、庇の前端縁及び両側縁に被覆した飾り縁は、庇の表面から落下する雨粒の樋の役割を果たすことも見逃すことはできず、そのような機能面からすると、当業者及び一般需要者は、かかる飾り縁に強い関心を注ぐのが通常である。

したがって、この点に関する審決の認定判断は失当である。

(二) 取り付け片各部の態様について

審決は、取り付け片各部の態様の差異を認めながら、「本願意匠にみられる取り付け片がこの種自動車用バイザーにあっては普通にみられる態様のものであり、その態様においては本願意匠独自のものとすることもできないので、その差異は類否判断を左右する要素として微弱なものといわざるを得ない。」旨認定する。しかしながら、たとえ「本願意匠にみられる取り付け片がこの種自動車用バイザーにあっては普通にみられる態様のもの」であったとしても、その差異は、意匠全体の類否判断をするうえの要素の一つであることに違いはなく、またそれは他の要素と相俟って類否判断に影響を及ぼすものであるから、この差異のみを単独で評価すべきではない。意匠の類否判断はあくまでも各要素の総合的判断で決定されるべきものであって、本願意匠の取り付け片部と引用意匠の取り付け片部との間に明らかに差異が認められる以上、右審決の認定は失当である。

なお、取り付け方式は類似していても、自動車自体のデザインが異なるため、まったく同一の取り付け片部の態様はあり得ず、新規のサイドバイザーが発表された場合、いかなる取り付け方式を採用したかは当業者及び一般需要者の最も関心を払う部分の一つであるから、取り付け片部の態様の差異を微弱なものとした審決は失当である。

(三) 取り付け金具及び取り付け片内方に付設した部材の有無について

取り付け金具や取り付け部位等の取り付け手段については、各自動車毎にまちまちで、新しい自動車が完成してからバイザーの取り付け手段を考えるといったこの業界の特殊性を考慮するならば、自動車のディーラーを含む一般需要者の最大の関心事は取り付け手段にあることは容易に推測でき、看者が取り付け金具に注意を払わないということはない。ましてや、取り付け片の内方に関しては、看者の注意が最大限に払われるのであり、かかる部位に取り付けられている長手方向に連なった細幅の部材の有無は、看者にとって無視しようにも無視できない存在である。

してみると、取り付け金具及び取り付け片内方に付設した部材は、いずれも本願意匠の重要な要部であり、「いずれも類否判断を左右する要素として微弱なものと認められる。」とした審決の認定は、失当である。

なお、乙第九号証からは、取り付け片内方に付設した部材の存在は確認できないし、また、かかる部材の存在が本願意匠登録出願の日前から周知であったともいえない。

(四) 庇の前端縁部の態様について

本願意匠は、庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退しており、庇の前端縁は直線的であるのに対し、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に、そして庇の略中央付近から凸弧状に形成されている。このように、両者の構成態様の差異はそれ自体かなり明白であるうえ、外観上最も目に付く庇部の態様の差異であるので、看者にとっては別異の意匠であるという印象を与えるものである。

したがって、「その差異は類否判断を左右する要素として徴弱なものといわざるを得ない。」とした審決の認定は、失当である。

(五) 庇の水平部の態様について

審決は、前記「基本的構成態様」の箇所で、「前端が全体に緩やかな凸弧状をなす細幅の横長帯状板の庇と、」と庇の大まかな形状を認定しているが、これは庇の水平部と傾斜部とを合わせた状態をいっているのであって、庇の水平部のみの態様をいっているのではない。してみると、両意匠を前方からみた状態において、本願意匠は、その正面図から分かるように、庇の水平部が直線的に形成され、その右端部の一部を斜め下方に折り曲げて形成されているのに対し、引用意匠は、その正面図からも明らかなように、庇の水平部が上方へ湾曲した凸弧状に形成されている。

したがって、審決は、この点に関する差異を看過したのであって、失当である。

(六) 総合的類否判断について

審決は、右(一)ないし(四)の差異を一応認めておきながら、「これらの差異点を総合しても基本的構成態様における一致点を凌駕するものではない。」と認定している。

個別の差異については、右(一)ないし(四)の項で詳述したが、仮に個々の差異が類否判断を左右する要素として微弱なものであったとしても、これら(一)ないし(四)の項、更に(五)の項を加えた各項に説明した差異を総合的に判断すれば、両意匠が非類似であることは明白である。

ましてや、前記基本的構成態様の認定の誤りの項で説明したように、審決は、基本的構成態様の認定について大きな誤りをしているのであるから、かかる誤った認定に基づいた総合的判断が正しいはずはなく、審決の右認定は失当である。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二は認め、同三1は、別紙二に表わされた六面図において、「正面図」を基準にすると「平面図」「背面図」及び「左右両側面図」が一致せず、「正面図」を基準にすると、 「右側面図」は「平面図」に、左側面図」は「底面図」に、「平面図」は「左側面図」に、「底面図」は「右側面図」になり、「背面図」は同図のとおりであることは認め、その余は争う。同三2(一)、(二)、及び、同三3(一)ないし(六)は争う。

審決の認定、判断は相当であり、審決にはこれを取り消すべき違法はない。

二1  引用意匠の比較資料としての不適格性について

引用意匠は、願書に添付の図面である別紙二をみる限り、「正面図」を基準にすると「平面図」「背面図」及び「左右両側面図」が一致しないことは、原告の主張するとおりである。しかし、この程度の図面の表示の瑕疵は、引用意匠の願書の記載及び願書に添付した図面を総合的に勘案すれば、当該意匠の創作者が出願当初に意図した意匠の具体的な構成態様がどのようなものであったかを、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者の立場から合理的・客観的に判断し、具体的に構成され統一性ある意匠を想定し得る範囲のものである。

そして、引用意匠は、別紙二の各図の図面の表示を、「右側面図」を「平面図」と、「左側面図」を「底面図」と、「平面図」を「左側面図」と、「底面図」を「右側面図」と訂正することにより、意匠としての構成態様を充分に把握することができるものである。

なお、別紙二の図面中、「A-A'線断面図」の庇の左端に下方に向け鋭角に折り曲げた部位のうち平行線を等間隔に表わしている個所は、庇の後端縁を折り曲げ形成した「取り付け片」の断面部位を示すものであり、それより更に下方に垂下する二本の実線は切断個所から切断個所に示された矢印(平面図A-A')の方向に表われる形状、すなわち庇の「取り付け片」の形状を表わす線である。ただし、先端方向は省略している。この「取り付け片」は、右側面図において右端に縦方向に表わされた二本の平行な実線となって表われ、背面図においては右端部に上端から下端にかけ弓形状の二本の平行な実線となって表われているものであり、更に、正面図においては上端部及び下端部の右側にその形状線が僅かに覗き見られるものである。他方、「A-A'線断面図」の庇の右端に庇の先端を折り返し、庇の本体部より肉厚に形成した部位は、庇の前端縁に設けた「凸縁状部」であり、それより下方に垂下する二本の実線は切断個所から切断個所に示された矢印(平面図A-A')の方向に表われる形状、すなわち前記「凸縁状部」の形状を表わす線である。ただし、先端方向は「取り付け片」と同様に省略しているものである。そうして、この「凸縁状部」は、右側面図において左端に上下にわたって右端に表われる「取り付け片」の形状を表わす二本の平行線より稍広幅とする弓形状の二本の平行な実線となって表われ、背面図においては「取り付け片」の形状を表わす二本の平行な実線の左方に表われているものである。因みに、意匠登録出願の願書に添付すべき図面は意匠法施行規則二条の(図面の様式等)の様式第五により正投象図法により作成するものであるが、切断個所を表わす断面図については、切断面には平行線を引き、その切断個所を他の図に鎖線で示しその鎖線の両端には符号をつけ、かつ、矢印で切断面を描いた方向を示すことが定められており、これらのことから、切断個所を表わす断面図については、矢印で切断面を描いた方向に表われる形状は全て実線で表わさなければならないものであり、別紙二の図面中の「A-A'線断面図」は、矢印で切断面を描いた方向に表われる形状が省略され一部しか表わされていないという点において作図上適切でなく、別紙五のように記載するのが正しい。しかしながら、引用意匠の形態の特定にあっては、願書の記載及び願書に添付の図面全体から総合的に判断されるべきであることはすでに主張したとおりである。

2  基本的構成態様の認定について

(一) 細幅の凸縁状部に関して

本願意匠及び引用意匠は、ともに庇の前端縁部の態様において、庇の前端を後方に折り返して同部を肉厚に形成し「凸縁状」に表わしたという点において態様を同じくするものである。審決における基本的構成態様にかかる認定判断は、両意匠の形態の基本を形成する骨格的態様を基本的構成態様として認定し、この部分が形態上の特徴を最もよく表わすところと判断したものであるから、「庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けた」点を基本的構成態様の一部とした審決の認定判断に誤りはない。

(二) 基本的構成態様の要部性の認定に関して

本願意匠にみられる差異、すなわち、基本的構成態様以外の態様における差異は、以下に述べるとおりいずれも類否判断を左右する要素として微弱なものと認められ、そこに何ら評価するところが認められない限りにおいては、基本的構成態様が看者の注意を最も強く惹くところとなるので、この点が両意匠の類否を決する大きな要素となるものである。したがって、両意匠に共通する基本的構成態様を形態上の要部とした審決の認定判断に誤りはない。

3  具体的構成態様の差異について

(一) 飾り縁の有無に関して

本願意匠は、庇の前端縁部の凸縁状部を更に薄い部材「飾り縁」(本願補正書図面の「B-B線切断部拡大端面図」)で被覆したものであるが、その被覆の態様も願書に添付の図面代用写真で形態全体として見る限りでは、その被覆の状態は肉眼では殆ど視認することができず、その存在は拡大した本願補正書図面の「B-B線切断部拡大端面図」により初めて認識できる程度のものである。したがって、自動車用バイザーの庇の前端縁部の態様として看者が受ける印象は、飾り縁の有無というより、むしろ、基本的構成態様に示す「庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けた」という視覚的印象が圧倒的なものとなるので「両意匠とも庇の前端縁にいずれも細幅の凸縁状部を有するという態様においては軌を一にするものである」とした審決の認定判断に誤りはない。

更に付け加えれば、この種の自動車用バイザーにあっては、本願意匠と同様にその庇の前端縁部に飾り縁を薄く被覆することが本願意匠登録出願の日前にも広くなされていることでもあり(乙第二号証の二、同第三号証の二及び同第四号証)、この点に関してはなにも本願意匠独自の態様とすることもできず、かかる観点からみても、飾り縁の有無は両意匠を別異のものとする程の大きな差異をなすものではない。

また、庇の両側端部に被覆した稍広幅の飾り縁に関しては、審決に記載のとおりであり、かつ、この種の形態をなす自動車用バイザーにあっては、その庇の両側端部に稍肉厚な飾り縁片を被覆することがこれまた従来より普通になされていることでもあり(乙第五、第六号証)、この点に関しても特徴がないことなど考え合わせれば、その有無は、結局、形態全体としてみると限られた部位における軽微な差異というほかない。

したがって、庇の両側端及び前端縁に被覆した飾り縁の有無は、前者については「形態全体としてみると限られた部位における軽微な差異」、後者については「それ程目立たず類否判断を左右する要素としては微弱な差異」とした審決の判断に誤りはない。

なお、原告の主張する「黒い縁取りがアクセントとなって意匠全体をキリッと引き締めている。」、「意匠全体にピリッとした緊張感を与えるアクセントとして感得され」等の点は、実施意匠に基づく意匠の材質から受ける印象を主張しているものであるが、意匠の類否判断は、あくまでも願書の記載及び願書に添付した図面と図面代用写真に基づいてなされるべきものである。

(二) 取り付け片各部の態様に関して

この種の形態の自動車用バイザー、特に自動車の側窓の上縁に取り付ける細幅の横長帯状板からなるバイザーにあってその取り付け片部の態様は、そのバイザーが取り付けられる側窓の上縁部の態様及び構造に対応して考案されるものである。そして、その態様には従来より様々な形態のものがみられるものである。

本願意匠に表われた態様は、これら従来より広く知られた形態のうらの一態様(乙第七、第八号証)を殆どそのまま取り付け部片の態様として表わしたまでのものであって、そこに格別の意匠の創作性の存在が認められるものでない。

なお、原告は、「本願意匠にみられる取り付け片がこの種自動車用バイザーにあっては普通にみられる態様のものであったとしても、……意匠の類否判断はあくまでも各要素の総合的判断で決定されるべきものである」旨主張するが、審決は、取り付け片部の態様の差異を類否判断の要素の一つとして取り上げ結果として微弱なものと認定し、更に、全体としての総合判断については、「これらの差異点を総合しても基本的構成態様における一致点を凌駕するものでない」と認定判断しているものであって、決してその差異の存在を否定するものでなく、また、その差異のみを単独で評価するものでもない。したがって、取り付け片部の態様に関しては、その部位に意匠の創作として何ら評価するところが認められない本願意匠にあっては、その差異を類否判断を左右する要素として微弱なものであるとした審決の判断に誤りはない。

(三) 取り付け金具及び取り付け片内方に付設した部材に関して

本願意匠に取り付けた取り付け金具は、別紙一からも分かるように、その形態は極めて小さく、願書に添付した図面代用写真かちでもその形状について認定することは不可能なものである。いわんや、その突設の状態もこの種の態様をなすバイザーにあっては本願意匠に限らず極めて普通にみられるものであるので、特徴とはなり得ない。したがって、その取り付け金具の有無は、看者の注意を惹くものということはできない。

次に、取り付け片内方に付設した部材については、その部材の存在は本願補正書図面の「B-B線切断部拡大端面図」によって認識することができるが、この部材が意匠の形態上の外観として表われるところは、バイザーの取り付け片部の下方部位に僅かにその一端を覗かせる程度のものである。そして、この部位は看者の注意を惹かない箇所ないしは看者の目にふれることが期待されない部位であるので、意匠の要部とはなり得ない。更に、この種の自動車用バイザーにあって、その取り付け片の内方部に本願意匠と同様に部材を付設するということが他にもみられることでもあるので(乙第九号証)、これらを「いずれも類否判断を左右する要素として微弱である」とした審決の判断に誤りはない。

(四) 庇の前端縁部の態様に関して

原告は「本願意匠は、庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退しており、庇の前端縁は直線的であるのに対し、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に、そして庇の略中央付近から凸弧状に形成されている。」と主張するが、この差異は、審決に記載の庇の前端縁の態様の差異、すなわち、「本願意匠は、庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退させたのに対し、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に形成しているという差異」に帰するものである。そして、この差異も、基本的構成態様において一致するとした点、すなわち、「前端が全体に緩やかな凸弧状をなし」、「その前端縁の弧状部を一方側は急激に、他方側は緩やかにいずれも先細状に形成し」たという共通する態様の中でみられる差異であるので、その違いはそれ程目立たず、かつ、本願意匠のその態様も自動車用バイザーの庇の態様としては普通にみられるものであること(乙第一〇号証の二)等を勘案すれば、「その差異は類否判断を左右する要素として微弱なもの」とした審決の判断に誤りはない。

(五) 庇の水平部の態様に関して

この種の細幅の横長帯状板からなる自動車用バイザーは、自動車の側窓の上縁に沿って取り付けられるという物品上の特質から、水平部は、その側窓の上縁部の形状に対応するように作られるものである。したがって、そこには意匠の創作としての要素は少なく、特にそこに形態上の特徴が著しく表われている場合はともかく、本願意匠の程度では、その形態も直線状というこの種の態様のバイザーでは極めて普通にみられるものであるので、その差異は特に取り上げ評価する程のものでなく、審決はその差異を看過したものではない。

(六) 総合的類否判断に関して

意匠が登録されるためには、その登録要件として、出願意匠に創作があることが必要である。これを本願意匠に立ち返ってみると、本願意匠にみられる差異がいずれも周知の考案ないし周知の態様からこの種の物品の意匠を創作する者にあっては容易に着想実施できるものであることは前記(一)ないし(五)のとおりであるので、「これらの差異を総合しても基本的構成態様における一致点を凌駕するものではない。」とした審決の認定判断に誤りはない。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一1  請求の原因一、二の事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  また、本願意匠と引用意匠との対比において、次の点については当事者間に争いがない。

(一)  本願意匠は、意匠に係る物品を「自動車用バイザー」とし、その形態が別紙一に示すとおりであり、一方、引用意匠は、意匠に係る物品を「自動車用雨除器」とし、その形態が別砥二に示すとおりであること。

(二)  両意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態においても、前端が全体に緩やかな凸弧状をなす細幅の横長帯状板の庇と、この庇の後端部に庇の長手方向に沿い庇の後端縁を折り曲げ形成した取り付け片とから構成される自動車用バイザーにおいて、その前端縁の弧状部を一方側は急激に、他方側は緩やかにいずれも先細状に形成し、その急激に先細状とする部位を斜め下方に折り曲げ斜め下方に傾斜する庇部を形成し、庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けた態様において一致すること。

(三)  両意匠の具体的構成態様において、〈1〉本願意匠は、庇の両側端及び前端縁に細幅の飾り縁(両側端部については梢広幅のもの)を被覆したのに対し、引用意匠は被覆していないという差異、〈2〉庇の前端縁の態様において、本願意匠は、庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退させたのに対し、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に形成しているという差異、〈3〉取り付け片の態様において、本願意匠は、同取り付け片を庇の後端を斜め上方に折り曲げ形成した断面形状が弧状を呈する鉤形様であるのに対し、引用意匠は、庇の後端を下方に鋭角に折か曲げた爪様のものであるという差異、〈4〉本願意匠は、庇の後端部に三ケ所に点在し小ざい取り付け金具を突設させたのに対し、引用意匠には、金具は突設させていないという差異、〈5〉本願意匠は、取り付け片の内方に長手方向に沿い細幅の部材を付設したのに対し、引用意匠は、そのような部材は付設していないという差異が認められること。

二  取消事由に対する判断

1  引用意匠の比較資料としての適格性について

引用意匠の形態を示す別紙二の各図面(六面図)において、「平面図」「背面図」及び「左右両側面図」が一致せず、「正面図」を基準にすると、「背面図」は同図のとおりであるが、「右側面図」は「平面図」に、「左側面図」は「底面図」に、「平面図」は「左側面図」に、「底面図」は「右側面図」になることについては当事者間に争いがない。

また、成立に争いのない甲第五号証(引用意匠の意匠登録願書及び同添付の図面)によれば、別紙二の「A-A'線断面図」には、全体としては細い棒状で、その右端は下方に折り返し重合され、また、その左端は下方に鋭角に折り曲げられた形状のものが実線で示され、かつその実線で囲まれた部分には等間隔の細かい平行線が引かれているものが記載されている他、右記載部分の右端の折り返し重合部から下方に向けて該重合部の幅にて短い平行線が実線で示された記載、及び、左端の折り曲げ部から下方に向けて該折り曲げ部の厚み幅にて平行線が前記右端の平行線の三倍程度の長さに実線で示された記載のあることが認められるところ、一般に、切断個所の形状を示す方法として、当該切断個所の形状を実線で示したうえ、その実線で囲まれた部分を等間隔の平行斜線を引いて表わす方法は広く慣用されているところであり、また、引用意匠登録出願当時(昭和四五年六月一六日)の意匠法施行規則二条(図面の様式等)の様式第五13(現在における同施行規則同条の様式第五12にも同様の規定が存在する。)も同方法を採用するところであるから、引用意匠の意匠登録願書に添付の図面の「A-A'線断面図」に示された右記載において、その形状が実線で示されかつその実線で囲まれた部分に等間隔の細かい平行線が引かれている記載部分は、引用意匠における前端縁に凸縁状部を設けかつその後端部に取り付け片を形成した庇の切断面の形状を示しているものと容易に理解される。他方、右切断面を表わす記載部分の左右両端に記載された二組の平行線に関しては、これら平行線の下方端がいずれも開口となったままの状態で表わされているところから、右「A-A'線断面図」のみからこれらを理解する場合には、これら記載はある部材の切断面を表わしていると解する余地があることも否定できないが、右「A-A'線断面図」は意匠登録願書に添付された図面中の「断面図」であるから、意匠法施行規則二条(図面の様式等)の様式第五にいう「断面図」であって「切断部端面図」でないことは明白であるところ、該「断面図」においては、「切断部端面図」とは異なって、当該切断個所の切断面の形状のみが記載されるものではなく、切断個所から切断個所に示された矢印(平面図A-A')の方向に現れる外形の形状をも併せて記載すべきものであるから、前記二組の平行線の記載を引用意匠の意匠登録願書に添付された図面の「平面図」における断面図の切断個所及び切断面を描いた方向を示す、鎖線、符号及び矢印を参考にして同図面に記載された他の各図と関連付けて理解すれば(ただし、同図面における各図は、「右側面図」を「平面図」と、「左側面図」を「底面図」と、「平面図」を「左側面図」と、「底面図」を「右側面図」と訂正して理解する。)、右端に記載された平行線は、切断個所から切断個所に示された矢印(平面図A-A')の方向に現れる「凸縁状部」の外形形状を表わす線の一部で、先端方向は省略されているものであることが、また、左端に記載された平行線は、切断個所から切断個所に示された矢印(平面図A-A')の方向に表われる庇の「取り付け片」の外形形状を表わす線の一部で、先端方向は省略されているものであることが理解でき、その省略部分を省略することなく記載すれば、別紙五のように記載されるものと解される。なお、意匠登録願書に添付すべき図面は意匠法施行規則二条の(図面の様式等)の様式第五により作成するもので、断面図については、切断個所から切断個所に示された矢印の方向に現れる形状は全て実線で表わさなければならないものであるところ、引用意匠の意匠登録願書に添付された図面の「A-A'線断面図」は、切断個所から切断個所に示された矢印の方向に表われる外形形状の一部が省略されて一部しか表わされていないという点において作図上適切なものとはいい難いが、このことによって引用意匠の意匠登録願書に添付の図面の「A-A'線断面図」に示された記載を右のように理解することが不可能なものとなっているとまでは認められない。

原告は、引用意匠の形態を示すこれら図面の表示の瑕疵を理由に、引用意匠の対比資料としての適格性を争うが、本件における引用意匠は、前記のような図面の表示に不完全な点があるにもかかわらず、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者であれば、引用意匠の意匠登録願書に添付された図面に記載された各図のうち「右側面図」を「平面図」と、「左側面図」を「底面図」と、「平面図」を「左側面図」と、「底面図」を「右側面図」と訂正して理解し、また、「A-A'線断面図」を前記のように理解することによって、引用意匠の意匠としての具体的な構成態様を全体的、個別的に把握することの可能なものであると認められるから、本件において、引用意匠を示す図面の表示の瑕疵を理由に引用意匠が対比資料としての適格性を欠いたものであるとすることはできない。

2  基本的構成態様の認定について

(一)  細幅の凸縁状部について

本願意匠及び引用意匠の形態が、前端が全体に緩やかな凸弧状をなす細幅の横長帯状板の庇と、この庇の後端部に庇の長手方向に沿い庇の後端縁を折り曲げ形成した取り付け片とから構成される自動車用バイザーにおいて、その前端縁の弧状部を一方側は急激に、他方側は緩やかにいずれも先細状に形成し、その急激に先細状とする部位を斜め下方に折り曲げ斜め下方に傾斜する庇部を形成し、庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けた態様において一致すること、及び、これら両意匠の一致する態様のうち、庇の前端縁に細幅の凸縁状部を設けた点以外の態様が両意匠の基本的構成態様であることについては、当事者間に争いがない。

原告は、本願意匠の凸縁状部は、細幅の飾り縁で被覆されており表面には一切現われない部分であり、また、自動車用バイザーにおける重要な構成ではないから、基本的構成態様として取り上げるべきものではない旨主張するので、この点につき判断する。

いずれも成立に争いのない甲第二号証(本願意匠登録願書及び同添付の図面)及び同第六号証(手続補正書)によれば、本願意匠登録願書の「意匠の説明」の項には「本物品の本体は金属製で、その両端部及び側端縁には合成樹脂製のモールデイングが装着されている。」との記載があること、本願補正書図面の「B-B線切断部拡大端面図」には本願意匠の凸縁状部の及びモールデイングの装着の状況が表わされているところ、右モールデイングは本願意匠の凸縁状部の全体を被覆しているため、本願意匠に係る物品を外部から見た場合に該凸縁状部は全く視認できない状況であることが認められる。

しかし、意匠登録の出願は、原則的には、意匠登録を受けようとする意匠を記載した図面を願書に添付して行うものであり、意匠に係る物品の形状の把握も主として右添付の図面によってなされるものであるから、対比する意匠の類否判断の前提として意匠に係る物品の形状の基本的構成態様を把握する限りにおいては、たとえ意匠に係る物品の外部から視認できないような構成部分であっても、同部分が図面に記載されて図面上から明確な構成として理解され、かつ、同部分が当該意匠の骨格的態様であると認められるような場合には、これを基本的構成態様に含めて認定することも許されると解するのが相当である。そして、本願意匠における凸縁状部は、本願補正書図面の「A-A線切断部拡大端面図」「B-B線切断部拡大端面図」及び「C-C線切断部拡大端面図」に明確に表わされていることが前掲甲第六号証から認められ、かつそこに表わされた態様からみて、別紙二に示される引用意匠における凸縁状部と同様、極めて細長い自動車用バイザーにおいて、その長い弧状部分に相当する庇の全構成に係るもので、自動車用バイザー全体としてみる限り物品のかなりの部分を占めているものと認めることができるから、これを意匠に係る物品における骨格的態様を形成する構成として基本的構成態様に含めて認定することは誤りではなく、この点に関する原告の主張も理由がない。

(二)  基本的構成態様の要部性

原告は、審決が両意匠の基本的構成態様が類否判断を左右する要部であると認定したことを非難する。しかし、物品を同一とする二つの意匠において、基本的構成態様が一致し、他の具体的構成態様に看者の視覚に強く訴える特徴的部分がいずれの意匠にも見い出されなければ、基本的構成態様が要部として共通しているものとして両意匠は類似と判断されるが、両意匠の基本的構成態様が一致しているにもかかわらず、一方の意匠の具体的構成態様にのみ右のような特徴的部分があれば、その点が要部を形成し、両意匠は要部において異なるとして非類似と判断されるのである。要は基本的構成態様以外の態様いかんによって基本的構成態様の要部性が否定されることがあり得るのであって、これは事案に応じて判断されるべき事項である。本件においても、審決は、単に両意匠の基本的構成態様が一致するとの理由のみで両意匠を類似すると判断したのではなく、具体的構成態様において示されるものが基本的構成態様を凌駕するものでないとの判断のもとに、両意匠が類似するとの結論に達したものであることは、審決の理由自体に照らして明らかであり、以下に検討するようにその判断は正当なものとして支持することができるのである。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

3  具体的構成態様の差異について

(一)  飾り縁の有無に関して

(1) 本願意匠は庇の両側端及び前端縁に細幅の飾り縁(両側端部については梢広幅のもの)を被覆したのに対し、引用意匠は被覆していないという差異があることは前記のとおりである。

そして、前掲甲第二号証及び同第六号証によれば、本願意匠における庇の飾り縁は合成樹脂製のモールデイングであって、そのうち庇の前端縁の飾り縁は、凸縁状部の全体を被覆し、庇の前端縁の表裏両面に細幅状に現れるものであること、また、庇の両側端の飾り縁は、庇の両端側の先端部の全体を被覆する状態に現れるものであることが認められる。なお、原告は、本願意匠の右飾り縁は、金属製本体の持つ冷たさや鋭利感を和らげるとともに、黒い縁取りがアクセントとなって意匠全体をキリッと引き締めている旨主張するところ、前掲甲第二号証及び第六号証によれば、庇本体は金属製であり、また、該飾り縁の材質は合成樹脂製であることが認められるものの、該飾り縁の色彩についてはこれを限定する記載は何ら認められず、したがって、庇本体と飾り縁との材質の対比から生ずる印象感は認められるとしても、色彩の相違によるアクセントを本願意匠の特徴的な点とすることはできない。

一方、引用意匠の形態を示す別紙二によれば、引用意匠においては、庇の前端緑に飾り縁が存在しないため、凸縁状部が露出し、庇部の裏面にはその折り返し先端縁による細幅状のラインが現れるものであることが認められ、また、庇の両側端の飾り縁も存在しないため、庇の両側端の先端部にも何ら特徴的な点は見られない(なお、原告は、引用意匠の前記「A-A'線断面図」を見ると、庇部の裏面前端縁に断面形状がコ字状の部材がその開口部を下へ向けて取り付けられていることが確認できるとして、「庇の裏面は込み入っていて一層鋭利感を増長させている。」旨主張するが、引用意匠の「A-A'線断面図」右端に記載された平行線は、切断個所から切断個所に示された矢印(平面図A-A')の方向に現れる「凸縁状部」の形状を表わす線の一部で、先端方向は省略されているものであると理解すべきこと前認定のとおりであるから、原告の同主張は、その前提において誤りがあり、採用することはできない。)。

(2) かように、本願意匠と引用意匠とにおいて、庇の前端縁及び両側端の飾り縁の有無の差異はあるものの、いずれも成立に争いのない乙第四号証(実開昭五六-三〇一六号公報)及び同第一一号証(実開昭五四-三二四二五号公報)によれば、これら公報には、自動車用バイザーにおいて、庇の前端縁に合成樹脂製の細幅の飾り縁を被覆したものが記載され、この種物品において庇の前端縁を合成樹脂製の細幅の飾り縁で被覆すること自体は本願意匠登録出願前において既に周知の手段であったことが認められ、また、いずれも成立に争いのない乙第五号証(実開昭五四-一四一六一一号公報)及び同第六号証(実開昭五四-一一六三二一号公報)によれば、これら公報には、自動車用バイザーにおいて、庇の両側端の先端部に合成樹脂製の稍広幅の飾り縁を被覆したものが記載され、この種物品において庇の両側端の先端部を合成樹脂製の稍広幅の飾り縁で被覆することも本願意匠登録出願前において既に周知の手段であったことが認められる。

これらの事実によれば、本願意匠において、庇の両側端及び前端縁に細幅の飾り縁(両側端部については稍広幅のもの)を被覆した点は、これら周知手段を採用したにすぎないものであって、看者がかかるありふれた構成に特段注目することはないものというべきである。したがって、両意匠における飾り縁の有無は、意匠の特徴的な差異としてとらえることは相当でなく、同差異をもって両意匠の類否判断を左右すべき特徴点と認めることはできない。右差異を類否判断を左右する要素としては微弱ないし軽微な差異であるとした審決の認定は、相当であると認めざるを得ない。

なお、原告は、乙第四号証のものは、サイドバイザーの前端縁部の一部しか被覆しておらず、庇部の素材は透明な素材すなわち合成樹脂であり、本願意匠のように金属製ではない旨を、乙第一一号証のものは、ゴム・塩ビ等の軟質合成樹脂部材で構成されている保護材自体は外側からは確認できないうえ、庇体の材質についても何ら記載されていない旨を、それぞれ主張するが、乙第四号証のものも、乙第一一号証のものも、庇の前端縁を合成樹脂製の細幅の飾り縁で被覆する限りにおいては本願意匠の飾り縁と同等であり、庇の前端縁を合成樹脂製の細幅の飾り縁で被覆すること自体が本願意匠登録出願前において既に周知の手段であったとの認定を左右し得るものではなく、原告の右主張は理由がない。また、原告主張に係る、この種飾り縁の庇の表面から落下する雨粒の樋の役割については、本願意匠に特有のものではなく、前記周知手段における飾り縁にあっても共通に認められ得る役割であることは明らかであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

(二)  取り付け片各部の態様に関して

本願意匠は、同取り付け片を庇の後端を斜め上方に折り曲げ形成した断面形状が弧状を呈する鉤形様であるのに対し、引用意匠は、庇の後端を下方に鋭角に折り曲げた爪様のものであるという差異があることは前記のとおりである。

そこで、本願意匠の取り付け片の意匠としての創作性についてみるに、いずれも成立に争いのない乙第七号証(昭和五三年八月一六日登録の意匠登録三〇五六七七の類似一号)及び同第八号証(昭和五三年五月九日登録の意匠登録三四九五七二の類似一一号)によれば、この種の自動車用バイザーにおいて、右本願意匠に表われた態様と殆ど等しい態様のものが記載されていることが認められ、本願意匠の取り付け片の態様は、この種の自動車用バイザーの本願意匠登録出願前に周知の一態様をそのまま表わしたものであり、特に看者が注意を払う程度のものでないと認めるのが相当である。

よって、その差異は類否判断を左右する要素として微弱なものといわざるを得ないとした審決の認定に誤りはない。

(三)  取り付け金具及び取り付け片内方に付設した部材に関して

本願意匠は、庇の後端部に三ケ所に点在し小さい取り付け金具を突設させたのに対し、引用意匠には、金具は突設させていないという差異、及び、本願意匠は、取り付け片の内方に長手方向に沿い細幅の部材を付設したのに対し、引用意匠は、そのような部材は付設していないという差異が認められることは前記のとおりである。

そこで、まず、本願意匠に取り付けた取り付け金具についてみるに、前掲甲第二号証によれば、該取り付け金具は、その形態は極めて小さく、その具体的形状を正確に認定することは困難であることが認められる。そして、前掲乙第四号証、同第七、第八号証によれば、これら公報にも本願意匠の取り付け金具と類似の金具が取り付けられていることが認められ、したがって、該取り付け金具は本願意匠に限らず本願意匠登録出願前において極めて普通にみられるものであると認められる。

次に、本願意匠の取り付け片の内方に付設した部材についてみるに、前掲甲第六号証によれば、本願補正書図面の「B-B線切断部拡大端面図」には該部材の断面が表わされていることが認められ、これによって該部材の存在を認識することはできるが、同号証及び前掲甲第二号証によるも該部材の具体的形状を正確に認定することは不可能であることが認められる。そして、前掲乙第四号証によれば、同公報のものにも細幅の「取り付け上縁部に付着した緩衝用ラバースポンジ」が取り付け片の長手方向に沿って付設されていることが認められ(ただし、同部材が取り付け片の内方に付設されているものか外方に付設されているものかは、同号証によるも明らかではない。)、必要に応じて取り付け片の内方又は外方に長手方向に沿って細幅の部材を付設することは、本願意匠に限らず本願意匠登録出願前において普通にみられる態様のものであると認められる。

以上によれば、本願意匠は、庇の後端部に三ケ所に点在し小さい取り付け金具を突設させたのに対し、引用意匠には、金具は突設させていないという差異、及び、本願意匠は、取り付け片の内方に長手方向に沿い細幅の部材を付設したのに対し、引用意匠は、そのような部材は付設していないという差異は、特に看者の注意を引くものではなく、いずれも類否判断を左右する要素として微弱なものといわざるを得ず、この点に関する審決の認定に誤りはない。

(四)  庇の前端縁部の態様に関して

庇の前端縁の態様において、本願意匠は、庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退させたのに対し、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に形成しているという差異があることは前記のとおりである。しかしながら、本願意匠の形態を示す別紙一及び引用意匠の形態を示す別紙二によって両意匠の庇の形状を更に詳細に観察すると、本願意匠における庇の前端を庇の傾斜部から漸次後退させた部分も全体としては緩やかな凸弧状をなしており、また、引用意匠は、庇の傾斜部から庇の略中央付近までを略平行に、そして略中央付近からは更に凸弧状に形成されているものであるところ、略中央付近までの略平行部分及び略中央付近から更に凸弧状に形成されている部分を全体としてみれば、本願意匠と同様に全体としては緩やかな凸弧状をなしていることが認められる。したがっで、このような両意匠の庇本体の形状は、庇の前端縁の態様において右のような差異があるにも拘らず、当事者間に争いのない両意匠に共通する基本的構成態様における庇本体の形状、すなわち、前端が全体に緩やかな凸弧状をなす細幅の横長帯状板で、前端縁の弧状部を一方側は急激に、他方側は緩やかにいずれも先細状に形成し、その急激に先細状とする部位を斜め下方に折り曲げ斜め下方に傾斜する形状に包摂され得るものであると認めるのが相当であり、庇の前端縁部の態様に関して、両意匠には類否判断を左右するに足りる差異を認めることはできない。

(五)  庇の水平部の態様に関して

本願意匠の形態を示す別紙一及び引用意匠の形態を示す別紙二の各正面図によれば、本願意匠は、庇の水平部が直線的に形成され、その右端部の一部を斜め下方に折り曲げて形成されているのに対し、引用意匠は、庇の水平部が上方へ湾曲した凸弧状に形成されていることが認められる。

しかしながら、この種の細幅の横長帯状板からなる自動車用バイザーは、自動車の側窓の上縁に沿って取り付けられるという物品の特質から、水平部は、その側窓の上縁部の形状に対応するように作られるものであり、その水平部の湾曲の形状には意匠の創作としての要素が認められないのが通常であるから、特にそこに形態上の特徴が著しく表われている場合は別として、本願意匠と引用意匠との前認定の程度の差異は特に取り上げて評価する程のものではないと認めるのが相当であり、この点をもって審決がその差異を看過したものと解することは相当でない。

(六)  総合的類否判断に関して

既に説示したように、対比すべき両意匠の類否判断において、両意匠が非類似であるとされるためには、両意匠の要部である基本的構成態様に差異が認められるか、該基本的構成態様自体は同一であっても、その具体的構成態様に差異があり、かつその差異が該基本的構成態様の同一性を凌駕するような特徴的な差異であることが必要であると解すべきところ、これを本願意匠についてみると、引用意匠との差異点とみられる本願意匠の具体的構成態様は、いずれも周知手段を採用したありふれたものにすぎず、特に看者の視覚に訴えるような両意匠の特徴的差異として取り上げるべき程の特徴的な差異とは認められず、類否判断を左右する要素としては微弱ないし軽微なものであることは右に判断したとおりであり、これらの差異点を総合し、全体として両意匠を観察するも、基本的構成態様における一致点を凌駕し、両意匠を別異なものとの印象を与えるものとは認めがたい。

4  以上によれば、原告主張の審決の取消事由はいずれも理由がなく、また、審決には他にこれを取り消すべき違法も存在しない。

三  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

別紙一 本願の意匠

意匠に係る物品 自動車用バイザー

説明

本物品の本体は金属製で、その両端部及び側端縁には合成樹脂製のモールディングが装着されている。

〈省略〉

別紙二 引用の意匠

意匠に係る物品 自動車用雨除器

〈省略〉

別紙三

〈省略〉

〈省略〉

別紙四

〈省略〉

別紙五

〈省略〉

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